社内弁理士のチャレンジクレーム

チャレンジクレームとは「実務家の間に通用する俗語で『だめもと』のチャレンジ精神で審査を受ける限定の少ない広いクレーム」をいいます。社内弁理士が「だめもと」で抽象的な理論と実務の架橋を目指します。

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概念及び経験並びに事実 

2009/2/2のエントリでは「概念」と「経験」とは抽象化/具体化により循環するという考え方について書いた。今回は「概念と経験」に対して「事実」はどのような関係に立つかについて書きたい。自分が「事実」について採用している考え方は次のものだ。

先のエントリでも触れた高根正昭『創造の方法学』(講談社)に"「事実」とは「概念」により「経験」から切り取られた一部である"と説明がある。高根氏にも元ネタがあって、それはアメリカの社会学者タルコット・パーソンズである。パーソンズは概念をサーチライトに例える。パーソンズによると、人間は「概念」というサーチライトに照らされた事物を「事実」として認識する。そして世界にはサーチライトに照らされていない「経験」の無限の暗闇が広がっているという。このパーソンズのアナロジーは苅谷剛彦『知的複眼思考法』(講談社)でも紹介されている。

このアナロジーから次のことが言える。どの「概念」を使うかによって、どれだけ遠くの「経験」を照らせるか、どれだけ明るく照らせるかが変わってくる。つまりどの「概念」を使うかによって得られる「事実」が変わってくる。

例としては、医師がレントゲンを見て読み取れる「事実」(例えば潰瘍)と素人が読み取れる「事実」の違いを考えると分かりやすいのではないだろうか。医師も素人も「経験」としては同じレントゲンを見ても得られる「事実」は異なる。なぜなら両者の持つ「概念」が異なるためである。
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[ 2009/02/04 23:00 ] 知的生産 | TB(0) | CM(0)
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