社内弁理士のチャレンジクレーム

チャレンジクレームとは「実務家の間に通用する俗語で『だめもと』のチャレンジ精神で審査を受ける限定の少ない広いクレーム」をいいます。社内弁理士が「だめもと」で抽象的な理論と実務の架橋を目指します。
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著作権の集中管理による取引コストの低減 

2009/2/27のエントリで述べた私的録音録画補償金制度と同様に、著作権の集中管理に関しても活発な議論があり情報も豊富である。そして先日、公正取引委員会がJASRACに対して私的独占に基づく排除措置命令を出したことも大きく取り上げられている。例えばこの記事

そこで今回も「取引コスト」低減という視点に限って述べたい。ただ自分が書きたいことがそのままネット上に見つかったので、まずそれを引用する。元公正取引委員の本間忠良先生が日本大学教授であったときの論文である。

[・・・]著作権等の集中管理によって1つの窓口で多数の著作物の利用許諾が行われるようになれば、権利者および利用者の双方にとって取引の低減につながり、著作物の円滑な利用に資することとなる。
従来、著作権等の集中管理は、コンテンツの取引コストを軽減できる点で社会的に望ましく、仲介業務法は小説、脚本、楽曲をともなう場合における歌詞、楽曲の分野について管理業を各1団体に限定していた。2001年の著作権管理事業法制定により、従来の管理事業に複数の事業者が参入するための制度的基盤が整った。これにより、著作物の利用者の利益を増進させることが期待されている。もっとも、従来からの4団体による権利者と利用者のロックイン状態が未だ解消していないため、独禁法による監視や場合によっては積極的関与が必要となる。例えば、[・・・]権利者との包括または排他的契約による新規参入阻害[・・・]の問題点が指摘されている。従来、個別ライセンスは手間がかかり不可能とされていたが、現在ではコンピューターによって取引コストが激減し、この可能性が復活しつつある。権利者への配分についても、現行のサンプリング方式から個別計算方式への動きがある。
http://www.meiji.ac.jp/laws/chair/jasrac_20.htm


JASRACや日本複写権センターのような著作権の集中管理事業者の存在は「取引コスト」の低減という効果がある。これは2009/2/20のエントリで述べたように特許におけるパテントプールと同様の効果である。一方、これらの集中管理事業者は著作権管理事業法制定によって他事業者の参入が可能になった後も、独占的な地位にある。

なぜ独占的な地位にあるのか。今回公取委はJASRACについて「包括徴収」がその要因ととらえ、「包括徴収」が「実質的に競争を制限している」と判断した(排除措置命令書参照)。「包括徴収」とは管理楽曲の使用料を管理楽曲の利用回数に基づき算定しない徴収方法である。これは「包括ライセンス」ともいえる。この方法により放送事業者がJASRACに加え他の管理事業者の管理楽曲を利用する場合、JASRACへ支払う使用料は不変であるため、他の管理事業者への使用料分だけ使用料総額が上乗せされることになる。これにより放送事業者がJASRACにロックインされる。

「包括徴収」のような"どんぶり勘定"は「取引コスト」を下げる効果があり、従来それなりの意義があったと考えられる。しかし現在は情報技術の発展により「取引コスト」は低下している。したがって「包括徴収」が低減する「取引コスト」よりも情報技術が低減する「取引コスト」が大きいのであれば、情報技術を用いた「個別徴収」へと移行するべきであると考える。

youtubeやニコ動においては「個別徴収」(楽曲の利用について報告し利用した分だけ使用量を支払う契約)になっているのだから、TV局やラジオ局でも同様に「個別徴収」にして楽曲の利用を報告しても特段「取引コスト」が増加するわけではないだろう。例えば東京FMは既に放送した楽曲を検索できるシステムになっているようだ。
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[ 2009/02/28 23:50 ] 知的生産 | TB(0) | CM(0)

私的録音録画補償金制度による取引コストの低減 

2009/2/26のエントリにおいて著作権法の裁定による「取引コスト」の低減についてふれた。現在、活発に議論されている私的録音録画補償金制度についても同様の効果がある。この制度自体については活発に議論されており情報も豊富にある。よって、ここでは「取引コスト」低減という効果に限って述べたい。ただし「私的利用が著作権者の利益を害しているので補償金制度が必要だ」というこの制度の存在意義については、今まで何度かふれたインセンティブ論の視点から疑問があるので、これについてもふれる。

著作物はデジタルデータとして流通するため、流通経路が複雑になる。よって著作権者が私的利用を超えた録音・録画について侵害行為を捕捉することは困難である。そこで、このような侵害行為を捕捉し利用者(侵害者)から利用料を徴収する「取引コスト」は大きい。補償金制度では、このような個別の徴収をせずにデジタル機器(「デジタル方式の録音又は録画の機能を有する機器」(著作権法30条2項))に広く薄く利用料をかけ補償金を徴収する。これにより「取引コスト」を削減できる。

しかし、このような効果があるとしても、そもそも補償金制度の存在意義には疑問がある。知財制度の存在意義を2009/2/7のエントリでふれたように、インセンティブ論によって説明するのであれば、2009/2/12のエントリで述べたように、創作のインセンティブが機能している限り法の支援は不要である。補償金制度が私的利用による損害で減殺された(と主張する)クリエータの創作へのインセンティブをどれだけ回復させているのか疑問がある。そもそも2009/2/8のエントリ「Patent Failure」でふれたように「知財制度が効用(文化の発展)の増大に寄与しているか?」という根本問題に対して実証的な回答はされていない。

なお、私的録音録画補償金制度の仕組みについては日経のこの記事が参考になる。
[ 2009/02/27 23:33 ] 知的生産 | TB(0) | CM(0)

著作権法の裁定制度による取引コストの低減 

2009/2/24のエントリで特許法における裁定について「対価請求権化」という視点から述べた。今ちょうど著作権法における裁定の利用を促進する法改正が進められているという。例えばこの記事この記事

改正の趣旨は「テレビ番組のネット配信にともなう権利処理を簡易化する」ことだという。今回はこの改正について「取引コスト」低減や「アンチコモンズの悲劇」という視点から述べたい。

権利処理とは要は利用許諾を受けることである。この権利処理の複雑さという問題は何年も前から議論されてきた。2009/2/20のエントリにおいて「特許の藪」についてふれたが、著作権の世界にも「著作権の藪」があるといえる。例えば一橋大学長岡貞男教授による経済産業研究所のペーパー。「著作権の藪」としては特にテレビ番組がよく問題になる。一つの番組に多数の権利が成立するためだ。よってテレビ番組のネット配信など二次利用には利用許諾を受けるための「取引コスト」が高くつき、著作物の過少利用という「アンチコモンズの悲劇」を招く。

今回の改正でこの「アンチコモンズの悲劇」をどう解決しようとしているのか。

第一に裁定請求の要件の明確化である。現行著作権法の裁定制度では「著作権者の不明その他の理由により相当な努力を払つてもその著作権者と連絡することができないとき」裁定請求ができるとされている(著作権法67条1項)。ここで連絡のつかない著作権者を探して交渉して利用許諾を受けることは大変な「取引コスト」である。改正ではこの「相当な努力」を政令で明確化するという。例えばテレビ局が俳優の所属団体に連絡先を問い合わせるなどである。これにより「取引コスト」の低減が図れる。

第二に裁定制度の対象の拡大である。現行制度では対象は著作権のみである。改正では対象を著作隣接権に広げるという。著作隣接権者とは例えばテレビ番組に出演したタレント(実演家)や、テレビ番組のBGMの元となるレコードを作製したレコード会社などである。「著作権の藪」のなかでも特に著作隣接権者が問題になるという。著作権者である音楽家や脚本家については集中管理システムによる「取引コスト」の低減が既に実現されているからだろう。この改正は第一の「取引コスト」低減の実効性を高めるものといえる。

なおテレビ番組のネット配信における著作権と著作隣接権については朝日新聞のこの記事が参考になる。
[ 2009/02/26 23:11 ] 知的生産 | TB(0) | CM(0)

Googleと集団訴訟(クラスアクション)とベルヌ条約 

2009/2/15のエントリ2009/2/20のエントリで知的財産権の「対価請求権化」や「取引コスト」の削減についてふれてきた。今日はGoogleがこれらをすごいスケールで達成しそうだという点について書きたい。達成の方法はこの記事に紹介されている和解である。

米国の著作権者らがGoogle Book Searchが著作権侵害であると集団代表訴訟(クラスアクション)を提起していた。その和解が2008年10月に成立した。その和解内容は和解からの除外を今年5月5日までに申請しない限り、和解に拘束され、Googleが書籍をスキャンしデータを販売することに同意することになるというものだ。ただし2011年までに著作物の削除申請は可能である。著作権者はGoogleのこの事業収入の63%を受け取る。

これだけでもスケールの大きい話だが、さらにこの和解に拘束されるのは米国の著作権者らだけではなくベルヌ条約に加盟している国(wikipediaによれば163カ国)の全著作権者である。

その理由は以下のようなものである。まず、この訴訟が集団代表訴訟(クラスアクション)であり米国での全著作権者が当事者になっている。集団代表訴訟とは松山大学田村譲教授の解説では以下のようなものである。クラスアクションの目的が「取引コスト」の低減にあることがわかる。

集合代表訴訟とは、共通の損害を受けた被害者を代表して起こす米国特有の訴訟形態で、少額多数被害者の救済と個々の訴訟による膨大な費用の節約にその目的がある[・・・]。同じ性質を持つ複数の私的請求を集合して1回の裁判で一挙に解決していこうとする制度で、裁判の結果が勝訴であろうと敗訴であろうと、裁判の結果(効果)が全ての当事者が及ぶと。[・・・]
特に欠陥商品や公害などにより多数の消費者が損害を被ったとして、企業を相手方として損害賠償請求をする場合、消費者1人ずつの被った損害が小さければ、個別に訴訟をすることは、手数・費用の点で引き合わず、躊躇(ちゅうちょ)するようになる弊害が、この制度で是正されることになる。
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/yougosaibann.htm

そしてベルヌ条約の一の加盟国の著作者は他の加盟国で著作権を取得する。ベルヌ条約5条1項などにより内国民待遇が定められているためである。よってベルヌ条約全加盟国の全著作権者は米国での著作権者でもある。日本も当然加盟国である。

ただし和解の対象は米国著作権であり、日本人が国内で有する著作権は対象ではないと思われる。Googleが米国に所有するサーバ上でスキャンした書籍のデータを米国のユーザに提供するということだろう。

このGoogleの和解はクラスアクションという「取引コスト」の低減と、ベルヌ条約により世界163カ国の著作権を一気に捕捉するという戦略を組み合わせて「対価請求権化」と「取引コスト」の低減を大スケールで達成しようというものといえる。

なおこの和解の詳細については先の記事にも登場する福井健策弁護士のブログがとても参考になる。
[ 2009/02/25 23:36 ] 知財 | TB(0) | CM(1)

公共の利益のための裁定による対価請求権化 

2009/2/15のエントリでふれた「特許権の対価請求権化」として現行の制度では、裁定制度がある。裁定制度には不実施、利用抵触、公共の利益の3つがあるが、公共の利益のための裁定(特許法93条)がもっとも一般性がある。しかし現実にはまったく利用されていない。2004年の産構審のペーパーによると公共の利益のための裁定は請求すら行われていない。

これまで特許権、実用新案権及び意匠権を合わせ計23 件(不実施9 件、利用関係14 件)の裁定請求が行われているが、いずれも裁定に至る前に取り下げられており、裁定により通常実施権が設定された事例はない。


東洋大学経済学部の山田肇教授が産構審の同じワーキンググループの報告書から93条の要件について書き出してくれている

93条の要件は「国民の生命、財産の保全、公共施設の建設等国民生活に直接関係する分野で特に必要である場合」と「当該特許発明の通常実施権の許諾をしないことにより当該産業全般の健全な発展を阻害し、その結果国民生活に実質的弊害が認められる場合」となっている。

これでは請求されないわけだ。しかし対価請求権化という文脈で、これからより議論になっていくのではないだろうか。
[ 2009/02/24 23:29 ] 知財 | TB(0) | CM(0)

特許ファンドはパテントプールかパテントトロールか 

Intellectual VenturesやASTやRPXといった特許買い集めファンドが盛んだ。IV社は「我々はパテントトロールではない」と言っているし、ASTやRPXは「我々はパテントプールから企業を守る」と言っている。例えばIV社CEOのインタビューITmedia記事

これら特許ファンドは、<適切な取引>により買い集めた特許をライセンスするのであれば、自社だけで買い集めた特許をプールしている「勝手パテントプール」といえるだろう。ASTの場合は参加企業がプールする特許を選ぶようなのでこの点は普通のパテントプールに近い。

一方、2009/2/16のエントリで述べた「濫用的な権利行使」をするのであれば、パテントトロールといえるだろう。「濫用的な権利行使」をしなくても、例えばASTがメンバーにはライセンス済みの特許を第三者に転売することでパテントトロールを活発化させるおそれはある。

特許ファンドが「勝手パテントプール」であれば2009/2/20のエントリで述べたように「取引コスト低減」の効果があるだろう。先のインタビューでIV社CEOも「ワンストップショッピング」と言っている。特許ファンド業界が寡占化し、2、3の特許ファンドでパテントトロールに利用されそうな特許をすべて買い占める状態になったと仮定すると、パテントトロールがもたらす「取引コスト」を削減する効果がありそうだ。ただし削減できる「取引コスト」とファンドへの参加料がつりあうかは別問題である。

このIP NEXTの記事によると参加料は年間3.5万ドルから490万ドルだそうだ。直感的に490万ドルはよっぽどパテントトロールに困っている企業以外には高いと思うが。

なお特許ファンドによる「勝手パテントプール」は差止請求権は維持したままであり、2009/2/19のエントリでふれたパテントプールの「対価請求権化」の効果はない。
[ 2009/02/21 20:03 ] 知財 | TB(0) | CM(0)

パテントプールによる取引コストの低減 

2009/2/19のエントリではパテントプールの主な機能として「差止請求権から対価請求権への変換」を挙げた。一般的に言われる他の機能として「取引コストの低減」がある。例えばこちらの論文こちらの論文

「取引コスト」は経済学の概念であって、wikipediaによれば「経済取引を行うときに発生するコストである。例えば、株の売買をする時に大抵の人はブローカーに仲介手数料を払わなければならない。この仲介手数料が株取引の取引コストである。」とされている。今考えている標準化と特許の問題において「取引コスト」は「標準化技術を実施するために必須な特許を保有する特許権者とライセンス交渉を行ない実施許諾を受けるために発生するコスト」である。パテントプールが必須特許を包括ライセンスすることができれば、ワンストップショッピングが実現し「取引コスト」が低減される。ただしパテントプールを運営するにはやはり「取引コスト」がかかるだろう。

この「取引コスト」は一つの技術に多数の特許が成立する状況において増大する。このような状況は「特許の藪(patent thicket)」と呼ばれる。

そして「特許の藪」が原因となり技術自体が利用されず廃れてしまうことを「アンチコモンズの悲劇」と呼ぶ。これは「コモンズの悲劇」という「共有資源の過剰利用」を指す概念に対して、「共有資源の過少利用」を指す概念としてつくられたのだろう。「特許の藪」と「アンチコモンズの悲劇」については『知財研紀要2006』の一橋大学 長岡貞夫教授の論文(の紹介)が参考になる。

「特許の藪」が存在する場合には、利用可能な技術を企業が効率的に利用することが妨げられることが懸念される。権利を保有している企業の数が多数あるために、効率的な交渉が困難で、その結果、特許化された技術の利用が妨げられる現象は「アンチコモンズの悲劇」と呼ばれている。(p.32)

なおこの論文では「特許の藪」が問題となる産業(例えばエレクトロニクス産業)において、「特許の藪」が収益性の低下などをもたらすという有意な証拠はみられないという結論に至っている。

ただし今回も標準化に参加していないアウトサイダーは例外である。標準化メンバーはアウトサイダーについては個々にライセンス交渉を行ない実施許諾を受けなければならない。
[ 2009/02/20 20:53 ] 知財 | TB(0) | CM(0)

パテントプールによる特許の対価請求権化 

2009/2/17のエントリでふれたRAND(Reasonable and Non Discriminatory)はパテントプールにおいてもっとも一般的なライセンスポリシーだと思われる。他のライセンスポリシーとしてはRF(Royalty Free)がある。例えば先のエントリで紹介したEcma(European Computer Manufacturers Association)の宣言には次のようなRFの文言がある。

The Patent Holder is prepared to grant a free license to an unrestricted number of applicants on a worldwide, non-discriminatory basis and under other reasonable terms and conditions to make, use, and sell implementations of the above document.
Negotiations are left to the parties concerned and are performed outside of Ecma International.


RANDとRFいずれのポリシーにしろ標準化のメンバーは「差止めはされない」という安心感を得ることができる。このを2009/2/15のエントリでふれた「知的財産権は所有権か」という問題に照らして考えると、パテントプールが「差止請求権を対価請求権に変換する」といえる(RFの場合は対価すら請求しないが)。言い換えると、特許の財産権的要素(の一部)を奪う機能だ。これがパテントプールの主な機能の一つだろう。

ただし標準化に参加していないアウトサイダーは当然ながら例外である。標準化メンバーはアウトサイダーからは差止めを受けるおそれがある。
[ 2009/02/19 20:03 ] 知財 | TB(0) | CM(0)

ライセンス・オブ・ライト制度 

2009/2/15のエントリで紹介した特許制度研究会の第1回議事録で興味を持ったのが次の発言である。

ライセンス・オブ・ライト制度とは、差止めを行わないと宣言すれば特許の登録料金を安くするというものである。裏を返すと、この制度の下では登録料金をきちんと払っていれば必ず差止めができるということにならないか。

この「ライセンス・オブ・ライト制度」は寡聞にして知らなかった。『知財研紀要2003』によると「特許権者が当該特許発明について第三者の実施許諾を拒否しない旨を宣言又は登録した場合に、これと引き換えに特許維持料を所定割合で減額するという制度をいう」そうだ。イギリス、ドイツ、フランスでは法定されているという(英国特許法第46条、ドイツ特許法第23条、フランス知的財産権法第613条の10)。フランスでは600件ほど実績があるそうだ。

この制度の利用を社内で検討したと仮定すると、利用する対象は「標準化においてRAND宣言している特許」くらいだと思う。ここでRANDとは「Reasonable and Non Discriminatory」の略で「合理的かつ非差別的な」という意味である。そしてRAND宣言とはRAND条件で特許をライセンスすることを宣言するものである。要は「差止めはしない」という意味である。よってRAND宣言している特許についてはライセンス・オブ・ライト制度を利用してもいいだろう。

例えばEcma(European Computer Manufacturers Association)の宣言には次のようなRANDの文言がある。

The Patent Holder is prepared to grant a license to an unrestricted number of applicants on a worldwide, non-discriminatory basis and on reasonable terms and conditions to make, use and sell implementations of the above document.


一方、RAND宣言した特許以外でこの制度を利用する可能性は低い。その理由は、第一に2009/2/15のエントリでふれたようにライセンス交渉において相手方に契約締結のインセンティブを与えるため差止請求権はとっておきたいと考えるためだ。第二に登録料を割り引くといっても、そもそも登録料はそれほど高くないためだ。この差止請求権を失うデメリットを登録料割引というメリットで補えるとは考えにくい。
[ 2009/02/17 20:51 ] 知財 | TB(0) | CM(0)

パテントトロールの定義 

2009/2/15のエントリにおいて「パテントトロール」という言葉を使ったが、この言葉の定義は明確ではない。例えば特許庁の審議会議事録Intellectual Ventures社CEOのインタビュー。ここでは「パテントトロール」の定義について考えたい。

まずこの言葉をつくったとされる元インテルの弁護士の定義が一般的に紹介されている。

 「パテント・トロールとは、ある特許について、その特許をビジネスに利用しておらず、利用する意思もなく、またほとんどの場合はビジネスに利用したこと自体がないにもかかわらず、その特許を使って莫大な利益を上げようと画策する人物、企業、組織を指す」 -(元インテル アシスタント・ジェネラル・カウンセルのPeter Detkin氏による『Trolling for Dollars』、The Recorder誌、2001年7月30日より引用)。

http://www.ipnext.jp/journal/kaigai/terry.html

しかし、この定義では自ら実施をしない個人発明家や大学などが含まれるおそれがある。

そこで自分は「パテントトロールとは濫用的な権利行使をする者」と定義するべきと考えている。結局、この定義でも何が<濫用的>か難しいところが難点だが。

ここで「濫用」についてwikipediaを見ると「濫(みだ)りに用いること。特に権利、権限の行使について用いられ、ある権限を与えられた者が、その権限を本来の目的とは異なることに用いることをさすことが多い」とある。つまり特許法の目的に沿うような権利行使であれば<濫用的>ではないということだが「目的に沿うような権利行使」とは何なのか。難しい。

実務者の実感として<濫用的>とは例えば、侵害立証がきちんとされていない、特許の有効性に明らかな問題がある、実施料が業界標準より大幅に高いなどである。つまり侵害立証をきちんと行い、有効性に明らかな問題がなく、法外な実施料を要求するのでなければ、自ら実施していてもしていなくても、第三者から購入した特許を行使してもパテントトロールではないことになる。
[ 2009/02/16 20:23 ] 知財 | TB(0) | CM(0)

知的財産権は所有権であるべきか 

特許法の抜本改正として話題になった特許制度研究会の第1回議事録が公開されている。

研究会としてのまとまった方向性が見えないが差止請求権を弱めるという話は今後も議論になりそうだ。この議論は実務的には主にはパテントトロールの問題だろう。理論的には「知的財産権は所有権であるべきか?」という知財の世界の根本的な問題だ。

まず実務的な問題として考えると、日本での差止めを武器にしたパテントトロール活動は米国に比べ活発でないため、この点から差止請求権を弱める必要性は今のところないだろう。2009/2/11のエントリでもふれたように特許権者が訴訟を避ける傾向にあるくらいである。

ただ、見逃せないのが非パテントトロール同士のライセンス交渉でも交渉を締結するインセンティブとしての差止請求権の意義だ。侵害していても差止めのおそれがなければ契約を締結しライセンス料を支払うインセンティブが低下する。いわゆる「侵害し得」である。もしパテントトロールに限らず差止請求権を弱体化させるなら、損害賠償額の増額(例えば三倍賠償)とセットにする必要があるのではないか。

次に理論的にはこの問題は特許法よりも著作権法で議論されることが多いようだ。中山信弘『著作権法』(有斐閣)からの引用が池田信夫blogにある。

現行著作権法は物権法から多くの概念を借用しており、物権的構成を採用してはいるが、それはあくまでも便宜上のものであるということを忘れてはならない。立法論的には物権的構成が唯一のものではなく、対価請求権的な構成も可能である(p.205)


著作権法の場合、法目的が「文化の発展」であること、財産権(狭義の著作権)と人格権(著作者人格権)の要素を併せもつことから議論はより複雑になる。『著作権法』でもこれらの点について紙幅を割いている。一方、特許法は「産業の発達」を目的とし、財産権の要素のみ(発明者権というのも一応あるが・・・)をもつため、著作権法より議論は単純になるのではないだろうか。

この「知的財産権は所有権であるべきか?」という問題は、2009/2/7のエントリでふれた「知財制度による効用の増大が本当にあるのか?」という問題と同様、自分などにはとても答えられない問題だが、今後も考えていきたい。そのときには中山先生が指摘するように「所有権法のドグマ」にとらわれないことが前提だろう。
著作権法著作権法
中山 信弘

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[ 2009/02/15 15:09 ] 知的生産 | TB(0) | CM(0)

ライセンス交渉向きの特許と侵害訴訟向きの特許は異なる 

電機メーカ同士はクロスライセンスを締結していることが一般的に知られている。例えば次の東京大学ソフトローCOEの論文

他方、電機メーカ同士の訴訟は(特に日本では)少ないと思われる。これは訴訟になった場合、特許が無効になる可能性が高いためであると思われる。このような指摘は2009/2/11のエントリで紹介した日経新聞記事にもみられる。

なぜ訴訟になった場合、特許が無効になる可能性が高いのだろうか。ここでは電機メーカ同士のクロスライセンスと訴訟における特許無効の関係を考えたい。

クロスライセンスを締結するための交渉においては、特許が無効になることは一般的にはない。電機メーカが互いに提示し合っている特許は第三者にライセンスされていることも多く、無効審判により互いの特許をつぶし合うインセンティブがないためだ。

よってライセンス交渉においては一般的に特許の有効性は重視されない。重視されるのは侵害性である。そもそも他社製品の侵害性が立証できる特許の割合は小さい。ライセンス交渉においては提示できる特許件数も力関係に影響するため侵害性のある特許をなるべく多く提示しようとするインセンティブがある。

そしてライセンス交渉が行われるが、まとまらず決裂した場合、訴訟にもつれこむ可能性がある。その訴訟は交渉における提示特許にもとづいて提起されることがあるだろう。相手方製品の侵害性が確認済みであるためだ。しかしこの提示特許は侵害性重視で広いクレームを持つため有効性が低い傾向にある。よって訴訟において無効にされる可能性が高い。

以上から提示特許はライセンス交渉には向くが訴訟には向かない特許であるともいえるだろう。他方、訴訟に向く特許は他社製品が侵害するが、なるべく狭く有効性の高いクレームを持つ特許ということになる。このようにライセンス交渉向きの特許と訴訟向きの特許は異なる。ライセンス交渉向きのクレームと訴訟向きのクレームをあわせ持つ特許があれば望ましいが、現実にはなかなか難しいだろう。
[ 2009/02/14 10:23 ] 知的生産 | TB(0) | CM(0)

発明公開代償説には問題がある 

2009/2/7のエントリでふれたように現在特許制度の存在意義はインセンティブ論により説明される。自分が弁理士受験生だったときには通説として発明公開代償説を習った。wikipediaの「特許」の項でも発明公開代償説が「現在最も広く支持されている説」として紹介されている。

公開代償説とはwikipediaによれば「新規で有用な発明を世の中に提供した代償として、一定期間、その発明を排他的に独占する権利を付与するとする説」である。この説によれば特許制度の存在は、発明の秘蔵化を防ぎ特許法の目的である「産業の発達」につながるという。

この説にどのような問題があるだろうか。

基本的な知財戦略として企業は次のような行動をとる。侵害立証性(侵害立証容易性)のある発明は特許出願し、侵害立証性のない発明は特許出願せず、営業秘密として管理する(現実的にはこのような対策すら十分でないが・・・)。ここで侵害立証性(侵害立証容易性)とは第三者の侵害の立証が容易である度合いをいう。企業が侵害立証性のない発明を特許出願しないのは、特許を取得しても第三者に行使できないためである。

ここから次の関係が成り立つ。

出願される発明=侵害立証性がある発明=実施すれば分かる発明
出願されない発明=侵害立証性がない発明=実施しても分からない発明

つまりもともと秘蔵化されるような発明は特許制度があったとしても、営業秘密として管理され、やはり特許出願されず公開もされないのである。よって発明の秘蔵化を防ぐという発明公開代償説には問題がある。
[ 2009/02/13 21:39 ] 知的生産 | TB(0) | CM(0)

フリーライドは原則として自由である 

2009/2/8のエントリ『北海道大学COE Web講義』で紹介した講義のうち。「知的財産法」第1回 『知的財産法総論』という田村善之先生の講義を視聴した。この講義の中で2009/2/7のエントリで紹介した知財制度の存在意義を説明する「インセンティブ論」についてすばらしい指摘があった。それは次のような趣旨のものである。

世界はフリーライドで発展するため、フリーライドは原則自由と考える。知財制度はフリーライドによるインセンティブの低下を防ぐことに意義があるため、事実上インセンティブが機能する場合、フリーライドを自由にしておいた方が有益である。インセンティブが機能しない場合にはじめて法の支援が必要となる。

これは「インセンティブ論」を採用する限り当然に導かれる帰結だと思う。ただこのような視点は明確に認識されていないことが多いのではないだろうか。

この視点から例えば次のようなことがいえる。ソフトウェアやデジタル・コンテンツなど知財制度がその発展をむしろ阻害していると批判される領域がある。その批判の背景には、これらの領域では近年の技術進歩により必要とされる投下資本が少なくなり、事実上のインセンティブが機能し始めたため、法の支援が「余計なお世話」になってきたといえる。
[ 2009/02/12 21:26 ] 知的生産 | TB(0) | CM(0)

特許侵害訴訟件数 国別ランキング 

2009/2/10のエントリでもふれたダブルトラック問題に関連して話題になったのが日経新聞の記事だ。こちらのブログに詳しい。この中で知財高裁の飯村敏明判事のコメントが引用されている。

特許権者と第三者の利益のバランスを図って、公平なものにするには、特許庁と裁判所のダブルトラックによる紛争解決制度を見直すべきだ。例えば、①無効審決の効力は、既に確定した特許権侵害訴訟の被告には及ばないようにする②一定の期間後の無効審判請求を制限する-などの制度変更が考えられる。紛争を1回の手続で解決し、いたずらに繰り返される無効審判で特許権者を疲弊しないようにすることが必要だ


記事の趣旨はダブルトラック問題が特許権者を訴訟から遠ざける一因であるというものだ。では日本の特許侵害訴訟件数は世界的にどの程度なのか。

Finnegan HendersonのMichael Elmer弁護士の調査結果によると、1997~2005年の特許侵害訴訟の累計提訴件数は以下の通りである。中国の件数のうち70~80%が実案と意匠だとすると、米国の件数は圧倒的といえる。日本はアメリカの1/10以下で、6位である。ドイツが上位なのは理解できるが、フランスとイタリアが上位にいるのは意外だ。中国は特許だけに限定しても2000件は越えると考えられるので、やはり日本より上位に来るだろう。

①米国22948
②中国10446(※70~80%が実用新案及び意匠特許)
③ドイツ約7400
④フランス3367
⑤イタリア約3000
⑥日本2016
⑦イギリス752
⑧カナダ705
⑨スイス650
⑩オーストラリア316
[ 2009/02/11 09:40 ] 知財 | TB(0) | CM(0)

2月28日早稲田大学COEセミナー「日本及び米国における特許の有効性に関する紛争処理手続の将来像」  

2月28日土曜日に行われる早稲田大学COEのセミナーを紹介する。テーマは日米の特許の有効性を争う手続についてとのことだ。

近年、日本では無効審判と104条の3のダブルトラック問題が活発に議論されている。一方、アメリカでは特許の有効性は訴訟で争う(summary judgmentやdeclaratory judgmentを含む)のが基本だが、KSR事件やinter parte(当事者系)導入の影響もあってか特許庁でのreexmamination(再審査)が活用され始めている。このような背景を考えると、このテーマはタイムリーではないだろうか。

参加申し込みは下のページからできる。
https://www.21coe-win-cls.org/gcoe/info/reservation.php?sid=10545

2009/02/28
RCLIP研究会 「日本及び米国における特許の有効性に関する紛争処理手続の将来像」
【時間】13:00~15:00
【場所】早稲田大学国際会議場第2会議室
【報告者】
工藤敏隆(早稲田大学《企業法制と法創造》総合研究所研究員・弁護士)

【テーマ】
「日本及び米国における特許の有効性に関する紛争処理手続の将来像」

 特許の有効性に関する紛争について、日本においては、侵害訴訟中での無効理由の有無の審理・判断と、無効審判とが併存する"ダブル・トラック"を、いかに審理の重複や判断の矛盾を避け適切に運営すべきかが課題となっている。他方、米国では、特許訴訟における裁判所や当事者の負担軽減策として、特許庁における付与後異議手続の創設や,連邦地裁における特許事件担当裁判官による集中的処理の試験的実施に関する法案が議会で議論されてきたが、実現に至る見込みは不透明である。
 本報告では、日本及び米国における特許の有効性に関する紛争処理手続(訴訟及び行政手続)について、手続を運営する組織及び個々の判断権者のバックグラウンド、並びに、憲法及び訴訟法上の基本原則に着目して比較し、今後の両国における制度改革の方向性や、その限界について考察する。そして、具体的な将来像として、日本法に関しては,解釈論として審決取消訴訟の一時不再理効の範囲について、及び立法論として無効審判の請求適格の制限について検討する。また、米国法に関しては、立法論として、特許事件の裁判地の集約化、及び中立的専門家の積極的活用のための統一的手続規則について検討する。

[ 2009/02/10 21:11 ] 知財 | TB(0) | CM(0)

東京大学COE ものづくり経営研究センター 

2009/2/7のエントリで「知財法に関する主なCOEとしては早稲田大学(高林龍先生)と北海道大学と(田村善之先生)のものがある」と紹介した。これら以外で知財に関する元COE(2008年3月で終了した)として東京大学のものづくり経営研究センターがある。

センター長は東京大学の藤本隆宏教授である。自分は藤本氏を「擦り合わせ型(インテグラル型)」と「組み合わせ型(モジュラー型)」の概念を広めた経営学者として認識している。ただ氏の著書を読んだことはまだないため、いずれ読んでみたい。

このセンターは東京大学大学院経済学研究科の中の組織であり経営学者中心の組織だが、テーマが「ものづくり」ということでMOT的な要素が強い。よってこのセンターで行われている研究には知財に関連するものもある。例えば光ディスクのパテントプールに関係する論文などが発行されている。

またこのセンターは開催するセミナーを「ものづくり寄席」と呼び、講師は半被を着て演者となって講演する。現在は1~3月までの予定で毎週火曜夜に丸の内で行われている。ただし無料ではなく木戸銭1000円がかかる。その代わりフリードリンクでコーヒー・お茶などが飲める。平日夜の開催であるため、今まで1度しか聞きに行けていないが、また機会があれば参加したい。演目表を見ると、3月の千秋楽には東京大学の高橋伸夫教授が高座に上がるようなので、この日がいいかと考えている。
[ 2009/02/09 21:15 ] 知財 | TB(0) | CM(0)

北海道大学COE Web講義 

北海道大学COEのWebサイトに田村善之先生の講義を含め講義動画が掲載されている。以前はアクセスしても再生開始されず見れなかったが今日アクセスしたところ見ることができた。

ちなみに対応ブラウザの要件が以下のように厳しいのでご注意を。

Webブラウザには、
Microsoft Windows
Internet Explorer 4.0~6.0
Netscape Navigator 4.06(~4.xまで)
Apple MacOS
Netscape Navigator 4.06(~4.xまで)
をお使い下さい。


http://www.juris.hokudai.ac.jp/coe/lecture/IPL2004.html


[ 2009/02/08 10:23 ] 知財 | TB(0) | CM(0)

Patent Failure 

2009/2/7のエントリで紹介した「知財制度による効用の増大が本当にあるのか?」という疑問は知財における根本的な疑問である。この疑問は特許法の法目的にそって「特許制度による産業の発達への寄与が本当にあるのか?」と言い換えることもできる。誰もこの疑問に答えず、民主的プロセスの正当性に基づき「なんとなく」知財制度が存続しているともいえる。

ボストン大学ロースクールの学者2人の著書『Patent Failure』はこの疑問に実証的に答えようとするものであり、タイトルの示すとおり「(産業分野によっては)効用は増大していない」との結論を出しているのだろう(後述の公開部分しか実際に読んでないので間違っているかもしれない)。もし将来このような実証研究が進めば政策形成プロセスへの影響は当然に大きいだろう。

本書の一部は以下のサイトに公開されている。
http://www.researchoninnovation.org/dopatentswork/

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[ 2009/02/08 10:13 ] 知財 | TB(0) | CM(0)

特許制度の存在意義と職務発明 

2009/2/2のエントリでは「概念」と「経験」とは抽象化/具体化により循環するという考え方について書いた。「概念」から「経験」への具体化の例として田村善之先生が日本労働研究雑誌2005年8月号に寄稿している『職務発明の取扱いと特許制度の存在意義』という論文を挙げたい。

この論文で田村先生は、2009/2/7のエントリで紹介した特許制度の存在意義に関する2つの説「自然権説」と「インセンティブ論」を職務発明に適用している。

まず「自然権説」に基づくと、職務発明は「発明者は当然に自己のなした発明について権利を有するのだから、それを使用者に取り上げられるなら対価の支払いを受ける権利を得る」と説明される。しかし、この説明は妥当ではない。理由は自ら発明をした者も第三者に特許を取得されてしまうと(先使用権が成立する場合など例外を除き)自己の発明を実施できないためである。

一方「インセンティブ論」に基づくと、従業員に支払われる対価も従業員が発明に対しインセンティブとして適切かという基準で判断すべきということになる。ここでさらに「限界効用」の「概念」を適用し、資産が増えれば対価を与えることで得られる発明のインセンティブの改善は逓減するという。したがって青色発光ダイオード事件のような数百億円の対価は不要だとしている。

以上が論文の概要である。まさに、このような概念の適用が高根正昭氏のいう「創造」だと考える。

弁理士試験の勉強では「発明の完成と同時に特許を受ける権利は発明者に原始的に帰属する」などと習うが、これは「自然権説」に基づく説明ということになる。このように「特許制度の存在意義」といった抽象的な「概念」は具体的な規定(「経験」)を理解するのに役立つ。

[ 2009/02/08 10:13 ] 知的生産 | TB(0) | CM(0)

早稲田大学・北海道大学「グローバルCOEジョイント著作権シンポジウム」@早稲田大学 

2009年2月現在、知財法に関する主なCOEとしては早稲田大学(高林龍先生)と北海道大学と(田村善之先生)のものがある。COEはCenter of Excellenceの略で、文科省の補助金事業である。2008年11月のことだが早稲田大学と北海道大学のCOEが共同で開催した標記のシンポジウムに参加した。高林先生・田村先生をはじめ、信州大学中山一郎先生、クリエイティブ・コモンズの野口先生、立教大学上野先生、上智大学駒田先生など豪華メンバーだった。会場には三村判事、高部判事、大渕先生の姿も見えた(と思う)。

シンポジウムのなかで田村先生の知財制度の存在意義についての発表が本質的で分かりやすいものだったので以下まとめておきたい。

知財制度の存在意義については①自然権説と②インセンティブ論の対立がある。結論としては②インセンティブ論が妥当である。ここまでは知識としてあったがこれについての解説がよかった。

①自然権説の根拠として(a)ロックの労働所有論と(b)ヘーゲルの精神的所有権論を挙げている。(a)ロックの労働所有論は森村進『自由はどこまで可能か』(講談社)で触れられていた。森村氏によれば労働所有論は「自己の身体は自己のものだ」という人身所有権を「自己の労働の成果と対価は自己のものだ」として労働による財産権に具体化したものだという。(b)ヘーゲルの精神的所有権論は「人格を外界に発展させていくうえで所有は不可欠とする理論」とのことだ。自分はこの理論については初めて聞いた。知っているのはヘーゲルは人格権やロマン主義と深くかかわっているということくらいだ。

田村先生は①自然権説を知財制度の存在意義とすることに否定的だ。(a)に対しては知的財産権は他者の身体活動の自由を制約するため自然権とはいえない。(b)に対しては知的財産権は自己の人格の発展に不可欠とはいえず、むしろ他人の人格の発展と抵触する、という。

一方の②インセンティブ論には功利主義が背景にある。インセンティブ論は「知財制度がなければフリーライドが横行し創造に対するインセンティブが低下し社会全体の効用が低下する」とする理論である。田村先生はこのインセンティブ論を知財制度の一応の正当化根拠とする。しかしインセンティブ論にも以下の問題があるという。まず知財制度による効用の増大が実証できないことである。したがって、知財制度の正当化は知財制度の効果は不明だが民主的プロセスにしたがって成立しているという政治的な点に帰着するという。そこで田村先生は知財制度の政策形成プロセスに着目する「知財法政策学」を提唱している。
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[ 2009/02/07 23:55 ] 知財 | TB(0) | CM(0)

判例の射程とサーチライトのアナロジー 

弁理士の試験勉強をしていたとき「判例の『射程』を学ぶことが大事だ」と教わったことがある。「射程を学ぶ」とはどういうことだろうか。これを2009/2/4のエントリでも触れたタルコット・パーソンズの「概念はサーチライトである」というアナロジーを使って説明したい。

このアナロジーを紹介している苅谷剛彦『知的複眼思考法』(講談社)に「一人歩きしているシンボルやルールが、いかに実体化されるにいったたのかを、一人歩きし始めたときの事情に立ち返って考えてみることが、一人歩きを止めさせる発想につながるのです。」(p201)とある。

ある「概念」が多くの人々の共通理解になっている場合、その「概念」は個別のケース(「経験」)から抽象化され成立したものである可能性が高い。その「概念」が成立した個別のケースを知ることによって、その「概念」というサーチライトの「射程」が分かるのではないだろうか。

これを判例に当てはめてみると、もちろん「個別のケースを知る」というのは判例を学ぶということだ。「概念」というのは「法理論」ということになる。よって「判例の結論である法理論だけを覚えても、法理論の成立する背景となったケースを知らなければ、法理論の射程を知ることはできない」ということになる。

具体例としては、均等論の5要件だけを覚えてやたらと適用しようとすることが挙げられる。これはまさに均等論を「一人歩きさせる」ことと言える。
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[ 2009/02/05 20:14 ] 知的生産 | TB(0) | CM(0)

概念及び経験並びに事実 

2009/2/2のエントリでは「概念」と「経験」とは抽象化/具体化により循環するという考え方について書いた。今回は「概念と経験」に対して「事実」はどのような関係に立つかについて書きたい。自分が「事実」について採用している考え方は次のものだ。

先のエントリでも触れた高根正昭『創造の方法学』(講談社)に"「事実」とは「概念」により「経験」から切り取られた一部である"と説明がある。高根氏にも元ネタがあって、それはアメリカの社会学者タルコット・パーソンズである。パーソンズは概念をサーチライトに例える。パーソンズによると、人間は「概念」というサーチライトに照らされた事物を「事実」として認識する。そして世界にはサーチライトに照らされていない「経験」の無限の暗闇が広がっているという。このパーソンズのアナロジーは苅谷剛彦『知的複眼思考法』(講談社)でも紹介されている。

このアナロジーから次のことが言える。どの「概念」を使うかによって、どれだけ遠くの「経験」を照らせるか、どれだけ明るく照らせるかが変わってくる。つまりどの「概念」を使うかによって得られる「事実」が変わってくる。

例としては、医師がレントゲンを見て読み取れる「事実」(例えば潰瘍)と素人が読み取れる「事実」の違いを考えると分かりやすいのではないだろうか。医師も素人も「経験」としては同じレントゲンを見ても得られる「事実」は異なる。なぜなら両者の持つ「概念」が異なるためである。
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[ 2009/02/04 23:00 ] 知的生産 | TB(0) | CM(0)

シンポジウム『知財スキルと標準化』@東京ステーションコンファレンス 

知財専門の社会人大学院をもつ金沢工業大学が主催した『知財スキルと標準化』というシンポジウムにおける経済産業省 経済産業政策局 知的財産政策室 室長 中原裕彦氏の発言が印象深かった。経産省のWebを見ると知財政策室というところは知財経営、知財スキル標準、知財信託などを担当している部署のようだ。

中原氏の発言とは次のような趣旨であったと記憶している。

企業知財には経験豊富な担当者がいる。彼らは従来からの実務には精通しているが新しいスキームについては保守的である。ときとして法律家よりも保守的である。彼らに対し新しいスキームを提案すると、その豊富な経験から失敗例を持ち出し反対されることがある。彼らにはもう少し法の理念について理解を深め新しいスキームにも対応してもらいたい。

2009/2/2のエントリ「概念と経験」で書いた「新たな経験に対処できない」という例証だと考える。
[ 2009/02/03 23:42 ] 知的生産 | TB(0) | CM(0)

概念と経験 

「概念と経験の循環」は重要であるということを知財業務のアナロジーで説明したい。まず概念とは経験を抽象化したものといえる。この抽象化を帰納という。そして経験とは概念を具体化したものといえる。この具体化を演繹という。

概念と経験は循環する。経験→抽象化→概念→具体化→経験→・・・という具合である。この循環または往復が重要であるという点は清水幾太郎『論文の書き方』(岩波書店)や清水氏の弟子である高根正昭『創造の方法学』(講談社)などで指摘されている。高根氏は"知的創造とは結局、抽象と経験の間の往復を自由に行う知的活動である"と書いていてこの往復を非常に重視している。

この「概念と経験の往復」の重要性を「発明の発掘/抽出」と「出願」という知財業務とのアナロジーで説明したい。

第一に「発明の発掘/抽出」においては、発明者の頭にある具体的な技術を発明という抽象的な技術思想に抽出する必要がある。発明の本質のみを抽出することができれば広い請求項が作成できる。つまり「発明の発掘/抽出」は発明の本質の抽出(発明の抽象化)である。言い換えれば実施例からの帰納である。

第二に「発明の出願」においては、抽象的な発明である請求項と具体的な発明である実施例の両方を文章化する必要がある。このとき請求項に表現された発明は当初発明者の頭にあった具体的な技術の範囲を超えることがある。これがその発明に他の応用例を追加することである。むしろこのような発見がなければ「発明の発掘/抽出」は成功とは言えないかもしれない。一方で請求項と実施例は対応していなければならない。いわゆるサポート要件である。よって抽象的な請求項からそれをサポートする実施例(応用例)を作成しなければならない。これが発明の具体化である。言い換えれば請求項からの演繹である。

このような実施例→抽象化→請求項→具体化→実施例(応用例)→・・・という循環がよりよい明細書を作成するための一つの方法である。この点は知財の実務経験のある方々には理解していただけるのではないだろうか。

さて再び「概念と経験」に戻って考えてみたい。明細書の場合、発明を抽象化しなければ広い実施をカバーできない、応用例を追加できない。これを「概念と経験」に当てはめると「経験」を概念化しなければ(過去の経験と異なる)「新たな経験に対処できない」、「新たな経験が予測できない」ということである。

企業知財を担当してきて自分の部署が「新たな経験に対処できない」という実感は強く持っている。従来型の業務(発掘・出願・中間・他社権利処理など)については過去の経験にしたがって業務をやればよい。しかし、部署にとって新しい業務(標準化の推進・オープンソース・知財価値評価など)についてどのようにやっていけばいいのか考えることができないでいる。そこで他社の経験を参考にしようとする。それはもちろん必要なことだが「過去の経験」がない「新しい経験」に対し「概念」から考え対処するという志向が足りないように感じる。
本ブログの目的「理論と実務の架橋」とは「概念と経験の往復」のことである。これを目的とした背景は上述のような自分の実感にある。

なお、以上の議論を敷衍すると、日本が「キャッチアップ型」から「フロントランナー型」へ変化することが難しいのも日本が「概念」に弱いためではないかと思える。
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[ 2009/02/02 23:04 ] 知的生産 | TB(0) | CM(0)

速読と明細書の読み方 

斉藤英治『王様の速読術』(ダイヤモンド社)に速読法の要素として「本を読む目的を明らかにする」、「全体から詳細へ進んでいく」、「目次・表紙等から読む」、「キーワードで読む」があった。

自分の明細書の読み方(例えば中間処理の引例を読むとき)はこの速読法と対比できる。以下要素ごとに対比すると


「本を読む目的を明らかにする」・・・発明のどの部分が知りたいか自分に次々質問するように(具体的に書きにくいが、課題は何か?等)目的を明らかにして読んでいる。

「全体から詳細へ進んでいく」・・・明細書を冒頭から順に読むということはなく、クレーム・課題・効果・図面等を最初に読む。また最初から詳細に読むわけではなく概要を理解してから細かく読む。

「目次・表紙等から読む」・・・明細書に引例目次・表紙等はないが、書誌情報ととらえると出願日・出願人等はまず眼を通す。

「キーワードで読む」・・・自分の質問の答えになりそうなキーワード、クレーム・課題等を読むことで見えてきたキーワードを探して詳細な説明の該当箇所を読む。


このような明細書の読み方は(調べたわけではないが)一般的なのではないだろうか。自分も明細書を読む際、自然と速読を実践していたのだろうか。

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[ 2009/02/01 23:19 ] 知的生産 | TB(0) | CM(0)


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